2021.9.11
沼倉研史のアメリカ便り
                          昭48院化 沼倉 研史
オリンピック、パラリンピックが終わり、新型コロナウイルス感染もピークアウトが見えたようで、騒がしい夏に終わりが見えてきたようです。このまま、平安な日々がくると良いのですが、世界ではまだまだキナくさいニュースが飛び交っています。世界は悪い方へ向かっているような感じさえしてきます。

沼倉研史
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252回(2021.9.5)

今週の話題 

日本政府のディジタル化プランとは?   

 日本でマイナンバーカード制度というものが始まったのは何年前のことだったでしょうか。当時は色々な議論がなされ、こんなメリットがある、あんなところで手続きが簡単になる、といった具合に良いことばかりが宣伝されました。そのひとつは、1枚のカードで、すべての処理ができるので、財布の中にいれておかなければならないカードが大幅に減ることになる、というものでした。しかし、現実は簡単にはいかなかったようです。財布の中のカードは増える一方ですし、マイナンバーが必要となることは、ほとんどありません。私自身マイナンバーが聞かれたのは、年度末の確定申告の時だけです。しかし、税務署には、税務署の管理ナンバーがあり、全てはそのナンバーで管理されています。そこに改めてマイナンバーが使われる必然性が見当たりません。

 観点を変えて、マイナンバー制度の導入によって、だれが得をするかを考えてみましょう。まず、コンピュータメーカーが新しい仕事を受注することになります。表向きは、海外のメーカーにも開かれていますが、日本政府の仕事には昔ながらの習慣があり、新規のメーカーや、海外のメーカーが受注することは至難のわざです。これはソフトにもいえることで、一度受注すると、そのソフトメーカーに都合の良いシステムが導入されると、関連プロジェクトが、継続して受注できることになります。一種の非関税障壁のようなものです。マイナンバーのシステムのようなプロジェクトは、国内メーカーにとっては、格好の餌食ということになります。まさにガラパゴス現象と呼ばれる所以です。うがった見方をすれば、マイナンバー制度は、日本のコンピュータメーカーがしくんだ罠ではないかと疑ってみたくなります。

 少し古い話ですが、年金データ紛失事件というものがありました。日本人の多くの年金データがコンピュータから失われてしまったということで、大騒ぎになりました。私も、自分の記録を確認するために、何度か年金事務所にでかけました。おそらく、コンピュータの技術的な問題に起因しているのでしょうが、コンピュータメーカーやソフトメーカーがペナルティーを受けたというようなニュースは聞きません。しかし、システムの改良や更新のために、大きな仕事が、コンピュータメーカーに入ったことは間違いありません。業界に詳しい人に聞いた情報ですが、年金管理のために導入されたコンピュータシステムは、ハードだけで1兆円を越えるのだそうです。夢のような話です。

 そこへきてデジタル庁の創設です。曰く、日本はデジタル化で他国に遅れをとっているので、デジタル化を加速しなければならない、とのことです。予算額まではしりませんが、600人のエキスパートを集めるとのことです。その内三分の一は、政府外から専門家を募集するとのことで、メーカーからみれば、格好の餌食に見えるでしょう。人件費だけでも、かなりの額になるでしょう。しかし、これだけ大きなプロジェクトが、国会でのたいした審議もなく決められてしまうということには、かなりの違和感があります。

 台湾では、閣僚にカリスマ的なIT専門家を入れて大きな成功を収めているようです。それを横目で見ていた日本が、二匹目のドジョウを狙うというのは、あまりいただけません。だいたい、ガラパゴス状態の日本で同じような手が使えるかどうかは疑問です。それこそ10年、20年先を見据えた議論をすべきでしょう。

 ところが、ここへきてデジタル庁創設の旗振り役だった方が、突然総理大臣のポストから引退することを表明し、事態はややこしくなっています。中には、後ろ盾を失ったこのプロジェクトが、空中分解してしまうのではないかと心配する人々もいるようです。

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251回(2021.8.1)

今週の話題

マイクロソフトのカスタマーサービス

 この1ヶ月ほど、ニュースレターをお届けすることができませんでした。その理由は、コンピュータのソフトに重大な問題が生じたためです。この問題は、皆さんも遭遇することがあるかと思いますので、その経緯についてご報告しておきたいと思います。

 かつて私は、 ウィンドウズとアップルの両方のコンピュータを使っておりました。しかし、使い勝手の良さ、カスタマーサービスの充実さなどの違いから、アップルを使うことが多くなり、10年ほど前に、ウィンドウズのPCのハードが故障してからは、全く使わなくなっていました。ただ、 ウィンドウズユーザとコミュニケーションするためには、どうしてもワード、ExcelPowerPointなどを使う必要があり、そのために、アップル社のアドバイスにしたがって、Microsoftオフィスと言うソフトを別に購入し、使っておりました。1年ほど前に、マイクロソフトオフィスのサービスが終了してしまったので、新たにMicrosoft 365と言うソフトを購入して使い始めました。オフィスの時は、市中の店でCDを購入し、自分でダウンロードしました。しかし、365では、ネットを通じて、購入してダウンロードして使うことになりました。大きな違いは、買い切りではなく、長期契約になったことです。私は良い方に解釈して、色々な面で、継続的にサービスが良くなるものと期待しました。しばらくは、たいしたトラブルもなく、動いてくれましたが、1ヶ月ほど前に、突然、ワード、ExcelPowerPointの文書の扱いがおかしくなり、ファイルを開くことはできるのですが、変更や編集、新しいファイルの作成などは全くできなくなってしまいました。

 私の使っているハードは、アップルのものですから、まずはアップルのカスタマーサービスに問い合わせてみました。残念ながら、アップルのサポートではトラブルの原因は特定できず、直接MS社に問い合わせるようにアドバイスされました。ご親切に電話番号まで教えてくれました。早速この電話番号にかけてみましたが、録音メッセージが流れ、ホームページのURLを案内しています。そのホームページを開けてみると、MS社の一般的会社紹介と、簡単な製品の説明があるだけで、技術的な問い合わせを受けるような項目は見当たりません。わずかに、コンタクト先のフリーダイヤル電話番号がありましたので、かけてみましたが、いろいろとまわされたあげく、同じURLに誘導されてしまいます。チャット(英文)で問い合わせができるかのような項目がありましたので、試してみましたが、応答は要領をえません。ここまでの操作は日本で行ったのですが、電話などは、録音された日本語が流れますが、ホームページなどは、基本的に英語です。いろいろなアプローチをしてみましたが、ついに生身の人間と話すことはできませんでした。ウィンドウズに詳しい日本の知人に聞いてみましたが、問題の解決には至りませんでした。

 最後の手段として、米国のシステムエンジニアリングの会社にサポートを依頼し、問題の解析を依頼しました。この会社は、アップルの製品についても経験豊富なので期待が持てます。ただ、私は日本ですので、コミュニケーションは全て英語で、真夜中の作業になります。1時間ほどの解析作業でわかったことは、MS社との長期契約がきちんとなされていないことでした。そのために、ソフトの一部が動かないようにロックがかかっていたのです。対応策としては、MS社との契約を一旦解消し、改めて新しい契約を結ぶことになりました。この作業は短時間で完了し、動作の確認を含めても、30分足らずで終えることができました。

 それにしても、気になるのはMS社の対応です。おそらく、MS社のカスタマーサービスの担当者と直接話をすることができていれば、短時間でトラブルは解決できたでしょう。トラブルが長期間に渡ったのは、ひとえに、MS社のカスタマーサービスが貧困だったことにつきます。他の経験者にも聞いてみましたが、MS社と直接コミュニケーションをとることは、極めて難しいということでは、一致しています。マイクロソフト社のビジネスは、基本的にPCメーカーにOSソフトを供給することなので、一般ユーザのためのサービスは最小限に抑える方針のようです。しかしながら、最近MS社でも、ゲーム機、デタッチャブルPCのサーフェイス、スマートフォン端末など、ハードを含んだ製品で事業を拡大しようとしています。しかしながら、これらの新規事業は、とても順調にいっているようではないようです。

 私の家の近くの大きなショッピングモールには、アップル社とマイクロソフト社の直販店があります。マイクロソフト社の店の方が、アップル社よりもひとまわり大きいようです。しかし、アップルの店が、いつも多くの客で賑わっているのに対して、マイクロソフトの店は、だいたい閑古鳥状態です。これだけの情報で、会社全体の体質を理解するのには若干無理があるかもしれませんが、少なくても、ある断面は見えてきます。現在のマイクロソフト社のカスタマーサービスのパフォーマンスを見ていると、民生エレクトロニクス市場で、川下製品を直接扱えるような体制ができているとは思えないのですが、、

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250回(2021.6.20)

今週の話題

コロナ禍での、日本、台湾のプリント基板産業の動き   

 以前にもご紹介していますが、プリント基板は、電子機器を生産するに際して、最初に設計、製作されます。したがって、プリント基板業界の動きをみていれば、2、3ヶ月後のエレクトロニクス業界の方向性をみることができます。特に台湾の主要基板メーカーの動きは、2、3ヶ月先の、民生向けエレクトロニクス産業の動向を予測する上で、重要な指標になります。また、試作品を専門に製作しているメーカーの動きは、新製品の立ち上げ時期を予想するのに重要なヒントとなります。実際にモノが動き出す前に、設計事務所の動きが活発になり、色々な噂話が出てきます。その中にはガセネタも少なからず入っているわけですが、交錯するたくさんの情報を並べてみると、業界の流れも見えてきます。特に台湾のエレクトロニクス業界は、動きが速く、すばやい対応が必要になるので、情報を出す方も真剣になるだけでなく、ユーザーとベンダーの間に、新規競合メーカーも入ってきますから、その間の駆け引きも相当なものになってきます。

 そのようなわけで、台湾では市場統計データも、短時間の内に上がってきます。その月の出荷額のデータが、翌月の中旬には公表されます。業界の合計値ばかりでなく、硬質基板とフレキシブル基板を分け、さらに主要メーカー(上場企業)の個別データを、前月比と前年同月比で出してくれるので、短期的な動きだけでなく、中長期のトレンドも把握することができます。

 そこで、台湾の基板業界の動向ですが、私の手元には、直近の5月のデータが来ています。これを眺めてみますと、硬質基板とフレキシブル基板とでは、かなり違いがあることがわかります。まず硬質基板ですが、出荷額の合計は、昨年の夏から、この十ヶ月近く、天井に張り付いたように、高いレベルでフラットな状態が続いています。(2月だけは例外で、旧正月休暇のために落ち込んでいますが、3月には完全に復旧しています。)ご存知かと思いますが、世界のパーソナルコンピュータ(PC)の大半は台湾メーカー、あるいは、その中国工場で組み立てられています。そこで消費される硬質基板は膨大な量になりますが、これもほとんどが台湾メーカーによって供給されています。昨年から世界はコロナウイルス感染拡大のために、多くの企業がリモートワークにシフトしてきており、大量のPC需要が生まれており、そこで使われる硬質基板も、それに従って生産を増やしているわけです。ただ、材料供給か設備能力がボトルネックになっており、あるレベルから上には行けないような状況になっているようです。今後の動きは、ボトルネックの問題がどのように解決するかにかかっているといえます。

 一方、台湾のフレキシブル基板の主要用途は、スマートフォン、それも米国アップル社向けが圧倒的に多く、極めて季節要因が大きな市場になっています。毎年、年初はゆっくりスタートで、上半期は徐々に体制が上がります。第四半期に入ると、急速にペースが上がり、10〜11月にピークを付け、12月には、かなり体制を落とします。昨年は、アップル社のスマートフォンの新モデルiPhone12のリリースが遅れたために、その皺寄せが来て、生産のピークは若干後ろにズレ、高くなってしまいました。昨年第4四半期におけるiPhoneの出荷台数は、サムスン電子のギャラクシーを抜いて、トップになりましたから、辻褄が合います。今年に入ってからの、台湾のフレキシブル基板の動きは、例年とあまり変わりありませんが、前年同月比で、プラス成長を維持しています。ノートブックPCほどではありませんが、まずは堅調な成長を維持しているといえるでしょう。

 一方、日本のプリント基板市場ですが、合計で見ますと、年初から少しずつ出荷額が上昇する傾向にあります。一見堅調に立ちあがっているかのように見えます。ただ、品種ごとの動きを細かく見てみると、多少違った景色が見えてきます。実は、増加傾向にあるといっても、目に見えた形になっているのは、ビルドアップタイプの多層硬質基板と、リジッド系のモジュール基板だけで、他の品種は、ほとんど微増か横ばい状態に留まっています。この2品種は、いずれも、日本のプリント基板業界のコアともいえる製品で、販売単価も高いので、数量ではたいしたことはないようでも、業界全体に及ぼす影響は小さくありません。

 日本メーカーの作っているビルドアップ基板の主要用途はノートブックタイプのPCで、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うリモートワークの普及により、需要が急増していることと、辻褄があっています。これは、台湾の事情と似ているように見えますが、とにかく、出荷額の桁が違うのです。日本の基板メーカーのユーザーの多くは国内のセットメーカーですから。

 日本メーカーのリジッド系モジュール基板の主要用途は、半導体パッケージのサブストレートです。このところ、半導体、特に自動車用のパワー半導体は供給不足が問題になっており、生産能力の拡大が求められています。日本のモジュール基板メーカーにおける生産の急拡大は、このような半導体サプライチェーンの動きを反映したものといえます。

 日本の大手フレキシブル基板メーカーは3、4年前までは、米国のアップル社の仕事を継続的に受注しており、振るわっていました。ところが、一昨年あたりから受注は減少傾向となり、今年に入っても低位で上下しており、回復の兆しは見えてきません。どうやら、アップル社の主要ベンダーとしての地位を失いつつあるようです。ここでできた穴を埋め合わせるのは、容易ではありません。

 以上見てきたように、日本、台湾のプリント基板メーカーの動きは、コロナ禍の環境で、プラス成長を果たしていますが、内容を分析してみると、質、量ともに大きな違いが見えています。夏以降には、その差が大きくなってくるでしょうから、細かい動きにも目が離せません。

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249回(2021.6.1)

今週の話題

コロナ禍でのエレクトロニクス産業の行方

 世の中は新型コロナウイルスの蔓延のために、全てが停滞し、世界の経済が低迷しているかのような報道が目立ちます。政治家は、ここぞとばかりに、景気刺激策の必要性を声高に叫んでいます。しかしながら、産業界の最近の様子を細かくみてみると、一概に景気が悪いとは言い切れない状況が浮かび上がってきます。たしかに、人の移動が厳しく制限されている旅行業や飲食業のような非製造業の経営が窮地にあることは確かでしょう。しかし、一方で、株式市場は活況を呈していますし、3月期の決算報告を控えて、多くの企業が、増収増益を予想しています。特に自動車やエレクトロニクスなどの基幹産業の回復が目立ちます。多くのメーカーが、コロナ禍以前のビジネスを回復したばかりでなく、さらに上積みしています。典型的な例がパーソナルコンピュータでしょう。多くの企業がリモートワークシステムを導入し、そのために、ノートブックPCやサーバー、タブレットPCなどを大量に購入しています。主要生産国である台湾は、最終製品ばかりでなく、プリント基板、半導体製品、電子部品、原材料まで、需要に供給が追いつかない状態になっています。そのおこぼれが日本メーカーにも来ているようで、一部の日本メーカーは、にわか景気にわいています。このような需要増が、今後どこまで続くかは、未知数です。楽観的な見方をする市場調査会社は、この需要増は、少なくとも来年までは続くと予想しています。ただし、この需要増が、単なる数量の増加と考えるのは良くないでしょう。今回のコロナ禍は、もう1年以上も続いているだけに、企業や個人の働き方にも本質的な変化をもたらしています。そこでは、新しい働き方にあったPCや周辺機器が求められることになりますから、メーカーとしては、新しい需要に適した製品を開発することが求められることになります。

 医療用、特に家庭用、個人用の機器は、今後安定した需要増が見込めるでしょう。電子体温計は、いまだに需要に供給が追いつかないようですし、業務用の非接触型の赤外線体温計も頻繁に見かけるようになりました。医療機関ばかりでなく、通常の店舗や飲食店でも装備するようになりました。もう三十年以上も昔のことになりますが、実験用に、非接触タイプの赤外線温度計がほしくなり、上司に購入することを申し入れましたが、当時の金額で、2、3百万円もしたものですから、簡単に却下されてしまいました。

 個人用のヘルスケア機器の需要は、さらに増え続けることになるでしょう。米国では、一般の市民が、ジョギングに際して、体調をモニタリングするために、腕に測定器を装着することは一般的になっています。今後は測定項目が増えているだけでなく、ワイヤレスタイプのデータ管理システムが導入されることになるでしょう。コロナウイルスへの感染なども、かなり早い時期に検出されるようになるでしょう。そこはウエラブル•エレクトロニクスの世界で、多くのフレキシブル・デバイスが導入されることになるでしょう。しかし、人間の体はそう単純ではありません。信頼性の高いモニタリングシステムを構築するためには、多くのセンサーを組み合わせた複雑な電子回路を総合的に管理しなければならないでしょう。これは、一つの画期的な新材料やデバイスで解決できるものではありません。地道な毎日の積み重ねが必要です。

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248回(2021.5.9)

今週の話題

コロナ禍でのアメリカへの旅行

 昨年秋に日本に戻ってから半年が過ぎ、大部分の仕事はリモートワークで処理してきましたが、税務申告や、病気の治療についてはどうしても、現地に出向く必要があり、米国行きを決行することにいたしました。まず、日本から米国ボストン行きの便を探しましたが、米国へ直接飛ぶフライトが極めて少ないか、著しく高いのです。平常であれば、千ドル程度のところが、7〜8千ドルもするのです。根気よく探したところ、ドイツのフランクフルトで乗り換えてボストンに向かう便が見つかりました。航空会社はルフトハンザで、西回りになるので、飛行時間は十時間ほど長い28時間です。費用は往復で千ドルを少し越えるのですが、まあ許容範囲でしょう。ちょっと気になるのは、東京を出る時は羽田空港で、帰着は成田空港です。不思議なことに、帰国の便はスイスエアです。問題になったのは、出発に先立つ72時間以内に実施したPCR検査の陰性証明書が必要なことです。出発の数日前になって、確認してみたところ、このフライトは、米国のユナイテッド航空が中心になっているスターアライアンスの共同運行便で、実際の運行は全日空が行うとのことでした。

 出発は、真夜中の0時10分でしたので、少し余裕を見て、火曜日の午後12時半ごろに羽田空港に着く高速バスで出かけました。第3ターミナルに到着すると、まず、PCRセンターというところに向かい、書類に必要事項を記入した上で、支払いを済ませます。費用は4万8500円です。前日までに予約をしておけば一万円割引になります。なんでこんなに高いのかを聞いたところ、短時間で結果が出、報告書が英文になるためとのこと。とりあえず、検体を採取します。その後、夕方の5時半までは、することがありません。大きな荷物を抱えていては、歩き回ることもままなりません。とにかく、5時半にPCRセンターに行くと、検査報告書は出来上がっていました。当然のことながら、結果は陰性。そもそも、PCRセンターなるものの事業主体が何者で、検査報告書にどのような効能があるのか、疑問は多々ありましたが、ぐっと押し留めてチェックインカウターに向かいます。ところが、全日空国際線カウンターは全部閉まっていて、開くのは8時半になるとの表示。それから待つこと3時間。カウンターが開き、まず車椅子を要求しました。これはすぐに来たのですが、これから始まる多くのトラブルの序章に過ぎませんでした。

 チェックインカウンターのスタッフが2、3人集まって何かを相談しているのですが、チケットを発券する様子がないのです。いやな雰囲気です。1時間以上もかかって出てきた結論は、この便のルートは、ドイツで接続があるので、発券できないというのです。それから、替わりのフライトを探すことになりましたが、適当なものがなかなか見つかりません。一番早いもので、翌々日の朝になってしまいます。グズグズしていると、PCR検査の有効期限がきれ、あらたに五万円を払って再検査になってしまいます。

 テキサスのヒューストン経由で、ボストン行きのチケットが確定した時には真夜中の12時を過ぎていました。それから、羽田空港の近くのホテルを予約し、タクシーで辿り着いた時には午前2時を回っていました。翌朝は朝食を食べるために、食堂に降りていく気力もなく、部屋に弁当を配達してもらい、ひたすら体力の回復に努めました。三日目(木曜日)の朝は早めに空港に行き、改めてチェックインをしようとしました。ところが、今度は、私の米国のESTA登録が無効になっていて、発券できないというのです。全日空としては、まだ、出発までには1時間ほど時間があるので、至急日本のアメリカ大使館にESTAの再申請をしてほしいとのことです。もちろんネットを使っての申請ですが、このような時に限って、空港ビルのWi-Fi環境が悪く、スムーズに申請が受け付けられません。もカウンターが十分後には閉まるという時間になって、アメリカ大使館から届いたメールは、たしかに申請は受理したので、審査の結果を72時間以内に通知しますというものでした。これでは到底間に合いません、PCR検査も無効になってしまいます。やがて、カウンターが閉じられ、これからどうしようかと考え始めた時に、全日空のスタッフが走ってきて、ESTAの審査がパスしたことを伝えてきました。チェックインカウンターが再び開かれ、ボーディングパスが出るのを待ちかねて、出発ゲートへと向かいました。

 ヒューストン行きのフライトは、1割未満の搭乗率でしたので、座席を1列全部使って休むことができました。ただ、これも束の間休憩にすぎませんでした。ヒューストン空港では車椅子の手配をお願いしていて、安全だと信じ込んでいたのですが、これがとんでもない間違いでした。車椅子を押して待っていたヘルパーは、あやしげな英語をしゃべる東南アジア人の中年男で、話すことの80%は理解できません。私が英語で話すことも、どれだけ伝わっているのか定かではありません。身振りから、オレに任してくれれば、万事スムーズに済むといっているようです。トラブルは、入国審査のゲートでおきました。通常であれば、旅行者は、審査官の直接インタビューを受けます。ところが、件のヘルパーは、まず自分が審査官のところへ行き、二言三言話をしました。すると、審査官は険しい表情になり、別の部屋に行くように指示しました。

 部屋に入ると、そこには東南アジア人(おそらくベトナム人)が30人ほど不安げな表情で、順番を待っています。女性や子供もいます。ほとんど英語は話せないようです。それで、ようやく様子がつかめました。私は、不法入国をしようとしている、東南アジア人グループのなかまと疑われ、詳しい詮議を受けることになってしまったわけです。私の車椅子担当のヘルパーは、さかんに部屋の中の東南アジア人旅行者にはなしかけ、自分がなんとかするから、ここから動かずに待っているようにといっているかのようです。とにかく、この部屋では何をすることもできません。ただ、待つだけです。待つこと30分以上、ようやく私の番がやってきて、審査官の前に進み出ると、渡航目的を二言三言話しただけで、無罪放免となり、パスポートにハンコを押しました。それから、荷物をピックアップして、国内線接続のためのチェックインカウンターに行ったのですが、ボストン行きの飛行機は、すでにゲートを離れていました。それから、次の便を探したのですが、その日のボストン行きはもう無く、一番早いもので、二日後になってしまうとのこと。乗り継ぎで可能な便はないかと聞いたところ、コロラド州のデンバー経由で、ボストンまで行く便が可能だとのこと。デンバーとなると、一旦西へ戻ることになりますから、時間がかかります。接続のためにかなりの待ち時間があり、ボストンへの到着は、ほぼ真夜中になってしまいます。もう思考能力が大幅に低下していた私は、今日中に着くのならば、とゴーサインを出しました。車椅子のヘルパーの男は、飛行機に乗り遅れたのは、審査官のせいで、おれに責任はないと、さかんにまくしたてます。彼は、悪徳移民ブローカーといえるほどのものではないでしょうが、見知らぬ異国へやってきて、不安を感じている同郷人にまとわりついて小銭を掠め取ろうとするやからだったようです。

 後のフライトは概ね順調で、ボストンにもほぼ時刻通りに到着しました。デンバーまでのフライトはガラ空きでしたが、デンバーからボストンまでのフライトは、90%以上の座席が埋まっておりました。まだ最終バスまでには時間がありましたが、大きなカバンを持って移動する気力はなく、ボストンに住んでいる知人に電話して、空港まで迎えに来てもらい、さらに1時間以上かけて、Haverhillの自宅まで送り届けてもらいました。ふと、時計をみると、現地時間で午前2時、日本では金曜日の午後3時になります。日本の千葉市から米国マサチューセッツまで、ドアツードアで100時間以上、まる4日を要したことになります。もちろん、私のこれまでの人生で、最長、かつ最悪の旅でありました。もう2度とこのような旅はしたくありません。

 今回の旅で出会ったトラブルについて改めて考えてみますと、いずれも直接的に、間接的にコロナ感染に関わっており、改めてコロナ禍の恐ろしさを思い知ることになりました。皆様におかれましては、コロナ禍に旅行に出かけるようなことがありましたら、念には念をいれて準備をされるようご忠告申し上げる次第です。

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247回(2021.4.18)

今週の話題

古代ローマ帝国陸軍の強さ

 私は歴史物を読むのが趣味で、日本史、世界史についての読書は、幅広くやっておりまして。これまでに読んだ歴史書は、2千冊を越えていると思います。その中には、現代の我々が学ぶべきものが少なくありません。

 その中でも、私にとって印象深いのが、古代ローマ帝国の陸軍の戦略です。当時のローマの重装歩兵の強さは、他国を圧倒しており、古代ヨーロッパと地中海で一大帝国を築きあげるのに大きな力となりました。その強さを維持するための訓練は過酷をきわめ、実際の戦争で戦っている方がはるかに楽だったといわれています。また、ローマ軍の将軍に対する評価は厳しいものでありました。将軍に限らず、ローマ軍を率いる武将は、戦争に先立って、自分の作戦を上司に説明します。その戦いが作戦通りに展開し、勝利を得れば、その武将とその部下には然るべき褒賞が与えられます。典型的な褒賞は、征服した町を3日間自由に略奪することが許されることでした。略奪は過酷を極め、ローマ軍の通ったところは、惨憺たる有様であったといわれます。ところで、ローマ軍にとって負け戦だったものが、予測できない嵐などの天変地異や流行病で敵が崩れて、棚ぼた式に勝利を得ても評価されないのです。褒賞もありません。古代ローマ軍は、過酷な鍛錬と緻密な作戦、それにしっかりした兵站プランに裏付けられて戦を遂行し、一大帝国を築きあげました。

 一方、1980年代以降の台湾のエレクトロニクス産業の急発展を見ていると、古代ローマ帝国とかなりの類似性を感じます。1980年代における台湾のプリント基板産業といえば、片面、両面回路が中心で、品質は悪く、日本からみれば安いだけが取り柄というレベルでありました。しかし、台湾は「石を投げると社長に当たる」というお国柄です。多くの人々が社長を目指して、ビジネス戦略を練り、実現性のある作戦を立てます。現在、エレクトロニクスやEMS、プリント基板産業で中核を成している大企業の多くが、1980年代には少人数のベンチャー企業で始まっています。しかし、これらのベンチャー企業の経営者は、実現性の高いビジネスプランを持っており、それに必要な技術や人材を集めました。ビジネスの成功の可能性が高いとなれば、投資家は積極的に資金を提供しました。その結果として、台湾のパーソナルコンピュータは、世界市場で圧倒的なシェアを確保していますし、EMS産業も、世界市場での存在感を大きくしています。最近では、半導体生産でも主要な位置を占めるようになっています。

 これに比べると、日本のエレクトロニクス産業はひ弱な印象を否めません。かつて、日本のエレクトロニクス企業は世界市場を席巻する勢いがありました。10社ほどの大手メーカーが、まるで仲良しクラブのように、同じような製品構成のビジネスを運営していたのです。一社が、ビデオを開発すれば、他のメーカーも、短時日のうちに同様の自社製品を上市しました。また、どのメーカーも、社内に半導体製造部門を持っていました。それが、21世紀に入ると、様子が変わってきました。薄型テレビ、携帯電話、パーソナルコンピュータというような主要製品のビジネスを維持できなくなり、事業の閉鎖、製造部門の身売りが相次ぎました。会社全体がなくなってしまったところも何社かあります。少し品のない言い方になりますが、「みんなで渡れば怖くない。」といって始めた、新規事業、新製品でしたが、「一人転けたら、皆転けた。」という結果になってしまいました。日本のメーカーに共通しているのは、経営者に戦略的な方向性が欠けていることです。外部環境が悪い時には、「今は我慢の時」と称して、リストラにはげみながら、ひたすら景気の回復を待っています。日本の大手企業では、長く勤めていれば、経営陣に加われるのが一般的ですので、しかたがないのかもしれませんが、これでは、社員がついてくるとは思えません。それが、台湾のベンチャー企業の場合は、社長である創業者は、自分のことですから、真剣に戦略を作りあげ、実施するための方策について考えます。古代ローマ帝国の将軍たちは、そこに自分と部下の命がかかっていましたから、真剣にならざるをえなかったのです。

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246回(2021.2.28)

今週の話題

コロナ禍でも伸びているビジネス

 2021年も春の声が聞こえるようになりました。新型コロナウイルスの感染拡大はまだ続いていますが、ようやくワクチンが利用可能になり、なんとか収束の道筋が見えてきたようです。(まだまだ、安心できるレベルではありません。特に日本政府の対応には疑問を持たざるをえません。)

 ところで、経済界、エレクトロニクス業界のこの1年間の動きをレビューしてみると、私(たち)の認識が、現実とズレていることに気がつきます。一般のマスメディアは、世界の景気は低迷し、人々は収入を失い、多くの人が今日食べるものにも事欠いていると、伝えています。ところが、業界の統計データを見ると、だいぶ様子が違っています。エレクトロニクスの中心である、半導体の出荷は昨年後半には上昇し続け、年末にはこれまでの最高値となりました。それでも、需要を満たすことはできず、世界的には供給不足の状態が続いています。他の電子部品やプリント基板も似たような状況です。少なくとも、前年比でプラス成長の領域にあります。

 この中にはコロナ需要というものがかなりあります。典型的なのが、ノートブックPCです。コロナ禍のために、リモートワークが増え、ノートブックPCの需要が急増していることは、以前のニュースレターでも紹介しましたが、世界のトップメーカーである台湾は、このような需要を見越していたかのような繁忙ぶりです。そのおこぼれをもらっているようなのが、日本のPCメーカーですが、そのまた下請けともいえる、日本のプリント基板メーカーもいくらか潤おっているようです。ただし、好調といえるのは、高密度の多層基板だけで、モジュール基板はぼちぼち、フレキシブル基板にいたっては、前年比35%の減少という悲惨な状況です。主要な用途である海外のモバイル機器は伸びているようですが(スマートフォンはマイナス成長)、フレキシブル基板の調達先を日本メーカーから、台湾や韓国に移転しているとされ、日本メーカーは取り残されているようで、地盤沈下状態が続いているようです。米国のプリント基板市場は、民生主体のアジアとはだいぶ状況が違うのですが、ある中堅の基板、組立メーカーは、コロナ関連医療機器用の基板の需要が急増しており、この先半年は、予定はいっぱいで、連日の残業でなんとか注文をこなしているとのことでした。総じて、医療やヘルスケア関連の機器や、そこで消費されるプリント基板は好調なようです。

 私は世界のエレクトロニクス産業を事細かに見ているわけではありませんので、全体を総括することなどできませんが、コロナ禍の市場の需給バランスが、崩れているのは確かです。そのような中で、地道な営業製造活動を続けているメーカーが安定して業績を伸ばしていることは喜ばしいことです。このような企業が安定して事業を伸ばして欲しいものだと思います。一方でちょっといかがわしい企業が、棚ぼたで利益を出しているのを見るのは、あまり愉快なものではありません。政府や日銀は、景気刺激策として、水道の蛇口でもひねるようにして、無制限に超低利の資金を供給していますが、その多くが株価を上げるために使われているかと思うと、腹立たしくさえなります。そして、最終的にそのツケは税金という形で周ってくるわけです。このように僻みっぽくなっているのは、わたしもそういう歳になったからでしょうか。

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245回(2021.2.14)

今週の話題

 2020年台湾プリント基板産業

 2020年は、世界中が新型コロナウィルスの感染によって大きな打撃を受けました。そのような、全てが縮小するような環境中で、台湾だけは、コロナ対策はもちろん、経済活動、製造業も平穏に運営されていると伝えられています。

 台湾では、これまで厳しい防疫体制が敷かれており、海外への旅行、海外からの入国は 厳格に管理されています。しかし国内での交通の制限は、ほとんどなく、通常通りのビジネス、生産活動が営まれています。報道によれば、これまでのコロナウィルス感染者数は900人台にとどまっています。死者は9名です。 これは、先進国の中では圧倒的に低い値です。

 このような努力の結果でしょうが、ビジネスでは追い風が吹いています。コロナウィルスの感染拡大に伴い、世界的にテレワークが進んでいますが、それに伴い、パーソナルコンピュータやモバイル機器の需要が大きく伸びています。台湾は、これらの機器の主要生産国ですから、現在メーカーは繁忙状態が 続いています。

 これに伴い、台湾のプリント基板メーカーも堅調に出荷を伸ばしています。ノートブックPCには大型の高密度多層硬質基板を使いますから、旧正月明けから硬質プリンと基板の出荷が増加します。それは、前年同月比でプラス成長を維持していました。下期に入ると、出荷額はさらに増え、例年ならば年末になると減少に転じるものが、最後まで高いレベルを維持していました。結果として、2020年の累計出荷額は、前年比4.9%の増加となりました。

 これに比べて、フレキシブル基板の出荷は出遅れ傾向にありました。これは主要な得意先である米国アップル社のスマートフォンの新しいモデルのリリースが1ヵ月以上遅れたことに起因しています。1〜3 四半期の出荷額は、いずれも前年同月比でマイナス成長が続いていました。しかしながら、10月になると、出荷額は急激に増加に転じ、12月には前年同月比で60%増という驚異的な伸びを記録しました。これは、それまでのマイナス成長分を埋め合わせて余りあるもので、通期の成長率は7.5%を記録するに至りました。最終的に硬質基板とフレキシブル基板の合計出荷額は、前年比5.6%の成長となりました。金額では6672億台湾ドルですから、約2兆円ということになります。この金額は、 日本のプリント基板業界の出荷額の3倍以上になるわけで、まずはりっぱな結果といってよいでしょう。一つ付言しておきたいのは、このような台湾エレクトロニクス産業の成長が、「棚ぼた」式に得られたものではなく、政府の長期経済戦略に裏付けられた、ここのメーカーの努力によって築き上げられたものであるということです。

 例年であれば、台湾のプリント基盤業界の出荷は、1月、2月と大きく減少します。今年は、まだ新型コロナウィルスの感染が完全に収まっているとは言えないような状況ですので、今後どのような展開になるのか、しばらくは不透明な状態が続くことになるでしょう。

DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史


244回(2021.1.24)

今週の話題

2021年、台湾は好スタート 

 2021年がスタートしました。昨年は、世界中が新型コロナウィルスの感染に振り回され、年が改まっても、感染拡大はとどまるところを知らず、今後の経済の見通しをつけにくくなっています。そのような環境の中で、エレクトロニクス産業の一部は、昨年後半から業績が急回復してきており、今年の成長率はかなりかなり高いものになると予想されています。その典型的な例が、台湾のエレクトロニクス産業です。台湾は、新型コロナウイルスの防疫についても、徹底的な水際対策が功を奏し、 感染者、死者ともに極めて低いレベルに押さえ込むことに成功しています。海外への渡航、海外からの入国には厳しい制限が課されていますが、 国内での生産活動や輸出入は通常通りの業務が行われています。

 昨年の台湾エレクトロニクス業界の動きは、かなり異常なものでした。特に、プリント基板の出荷は例年とは違っていました。まず、硬質基板 の出荷は第2四半期から、前年比プラス成長になり、堅調な操業が維持されており、通期では、4.9%の成長となりました。 これはコロナウイルスによる世界的なリモートワークが普及したために、それまで縮小傾向にあったパーソナルコンピューター、特にノートブックPC、タブレットPCの需要が プラス成長に転じたことが大きく寄与しているものと考えられています。何しろ世界で消費されるパーソナルコンピューターの9割以上は、台湾、もしくは台湾メーカーの中国工場で組み立てられているのですから、そこで増えた高密度硬質プリント基板は、そのまま台湾の多層基板メーカーに発注されることになります。

フレキシブル基板の様子は少し違っています。昨年、アップル社のフラッグシップ製品の新モデルiPhone12は、リリースが当初の予定よりも1ヵ月以上遅れてしまいました。このため台湾のフレキシブル基板メーカーの生産も、当初の計画から大幅に遅れてしまい、量産は10月までずれ込んでしまいました。しかし ながら、その後の追い込みはめざましく、12月の出荷額は、前年同月比で59.2%の大幅増加になっています。その結果、2020年通期での出荷額は、前年比で5.6%の成長を果たしています。10月までは マイナス成長の状態でしたから、最後の2ヶ月で大きく挽回したことになります。硬質基板とフレキシブル基板の合計では、5.6%のプラス成長となっています。

 台湾のプリント基板出荷額は、12月から翌年2月にかけて、大きく減少する傾向にありますが、今年の場合どうなるかが注目されます。

 台湾の半導体業界も活況にあります。世界の半導体業界は、2020年下半期において連続して増加傾向を維持していて、単月での出荷額の最高記録を更新しています。台湾の半導体産業の大部分は、受託生産ですが、世界最高の技術レベルを持っており、世界中の主要半導体メーカーから生産の委託を受けています。 世界の半導体業界は、昨年末から供給不足の状況にあり、市場の需給 バランスは逼迫しており、特に自動車産業においては、半導体不足によって、工場の一時帰休にまで追い込まれる状況になっており、今後、市場価格は上昇することが予測されています。

 また、米中貿易摩擦により、台湾メーカーは、中国にある工場を引き上げる計画が進んでおり、台湾では今後慢性的な人手不足が予測されます。特に教育レベルの高いエンジニアの需要が大きくなると考えられています。

 日本のエレクトロニクス産業と比べながら、台湾のエレクトロニクス産業の動きを見てみると、台湾メーカーが、「棚からぼた餅」式に仕事を得ているような印象を受けますが、決してそのような仕組みになっているわけではありません。台湾メーカーは、これまでの実績に加えて、あらたな技術を開発し、強力な営業ネットワークを駆使して、世界中からビジネスを獲得して、市場のシェアを伸ばしています。一方、日本メーカーは、営業力で劣勢にあり、かつて優位にあった技術においても、追いつかれ、抜かれつつあります。今後、しっかりと対策をこうじていかないと、差は広がるばかりでしょう。

DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史


243回(2020.12.20)

今週の話題

 混乱の2020年

 2020年も残りわずかになってきました。振り返ってみると、今年は、新型コロナウイルスの感染に振り回された1年でした。その感染状況は、医療関係者の懸命な努力にもかかわらず、年末が近づくにしたがって、拡大が広がっており、収束の目処はついていません。コロナ問題は、年末年始を跨いでの課題になりそうです。したがって、年度の区切りをつけるような状況ではないのですが、混乱する世界のエレクトロニクス業界、プリント基板業界の中で、どのような戦略を立てるかを考える上で、2020年の総括をしておくことは意味があることかと思います。

 今年の旧正月は、1月下旬でしたので、中国文化圏は、1月中に生産体制が落ちることを、想定していました。新型コロナウイルスの感染は、旧正月休暇に入る前に報告されていましたが、まだその影響を深刻には受け取られておらず、感染拡大が旧正月休暇に重なったことは、ちょうどよいタイミングで、休暇が終わる頃には、感染も収束に向かうのではないかと、安易に考えていた節があります。ところが、中国武漢に始まった感染が急拡大し、大規模な都市封鎖という事態に至り、中国国内のエレクトロニクスや自動車関連のサプライチェーンは機能不全に陥ります。少し遅れて、ヨーロッパでも感染が広がり、コロナウイルス感染は世界的な拡大となります。そして、米国での感染が他の地域を圧倒するようになり、ブラジル、インドと広がりを見せます。

 しかしながら、エレクトロニクスや自動車産業などの生産が破滅的な打撃を受けたわけではありません。自動車の出荷は、いち早く回復に向かい、今年の第3四半期には、前年同期比でプラス成長にまでもどしているとのことです。世界的にリモートワークにシフトする企業が増えたために、これまで減少傾向にあったノートブックPC、タブレットPC、サーバーの需要が増加に転じ、台湾の硬質プリント基板の出荷は、最高レベルを維持しています。日本でも、硬質基板、特に高密度のビルドアップ基板の出荷は増える傾向にあります。

 現在のエレクトロニクス産業の主要な部分を占めるスマートフォン市場は、2、3年前から、縮小傾向となっていますが、この傾向はあまり変わっていません。ただ、今年の特別な要因として、Apple社の新しいiPhone12のリリースが遅れたために、台湾のフレキシブル基板出荷は伸び悩みました。しかし、これも11月には回復に転じ、前年比38%増となっています。

 世界の半導体市場も回復傾向が続いています。この半年の出荷は連続して増加しており、過去最高値に近づいています。そのためか、半導体製造装置の出荷も増える傾向にあります。半導体メーカーが、この先の需要動向について楽観的な見方をしていることを示しているといえます。受動部品、接続部品、変換部品なども、この2、3ヶ月大きく伸びています。

 このように見てくると、世界のエレクトロニクス産業が順調に回復しているかのように見えますが、これらのデータはあくまでスポット的なもので、個々の数値は辻褄が合わないところが少なからずあります。現在の市場データの収集方法を考えれば、当然なことで、数値そのものを正しいと仮定して、ビジネスプランを策定することはお勧めできません。

 この2、3ヶ月のコロナウイルスの感染拡大には凄まじいものがあります。感染症専門家といわれる人々も、3ヶ月先のことは予測できないようです。このような不確実な状況は、第二次対戦後初めてのことではないでしょうか。

 例年であれば、年末年始休暇の間に、旧年の総括と、新年のプランニングを行うことをお勧めするのですが、コロナウイルスの感染には年末年始もありません。毎日状況は変わります。幸い情報化時代と呼ばれる現在は、毎日大量の情報が入ってきます。その中から、信頼性が高く、かつ価値のある情報を抽出するには、それなりの努力が必要です。使える情報を得るためには時間もお金もかかります。それをケチってはいけません。健闘を祈ります。


DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史
242回(2020.11.29)

今週の話題

厚膜印刷回路とは?

 このニュースレターを読まれている皆さんは、深い、浅いの違いはあっても、何らかの形で、プリント基板ビジネスに関わりがあり、“印刷回路”とか、“エッチング加工”というような用語に、ある頻度で出会い、それほど違和感はないでしょう。ところが、“厚膜印刷回路”はどうでしょうか。大部分の方々は、聞いたことはあるものの、具体的なイメージは思い浮かばないのが実情ではないでしょうか。私自身は長年“厚膜印刷回路”と付き合ってきていますので、違和感はないのですが、最近業界では“厚膜印刷回路”出番が増えており、その呼称で混乱する事態が生じるようになってきています。

 現在、プリント基板回路の主流は、銅箔を化学エッチングする方式で、サブトラクティブ法とか、パタンエッチング法とか呼ばれています。具体的には、まず、薄い銅箔を、絶縁性の良好な基材に貼り合わせ、その上に感光性のフォトレジストをかけた上で、紫外線を照射して回路パタンを焼き付け、しかる後にエッチング液を吹き付け、不要な銅箔を除去して、電子回路を形成します。導体になる銅箔は、基材全面にかけ、回路になる部分だけを残すようにエッチングするので、サブトラクティブ(Subtractive、減じるという意味)法という工法に分類されています。

 これに対して、厚膜印刷法では、粉末状の導体を有機媒体の中に練り込み、これを導電性のインクとして、適当な方法で基材の表面にパタン印刷して回路を形成します。必要な部分に、必要なだけインクを印刷するので、アディティブ(Additive)法と呼ばれる工法に分類されています。厚膜印刷回路の技術は、とりわけ新しいものではなく、1970年代には、基本的なプロセスは確立されていました。しかしながら、主な用途に地味なものが多く、プリント基板業界の先端技術として取り上げられることはほとんどありませんでした。経済産業省の生産動態統計にも、該当する分類カテゴリーがありません。産業統計に現れてこないので、まとまった産業としてあまり認識されていないのです。

 しかしながら、この数年風向きが変わりつつあります。近年、電子デバイスを直接印刷形成する、印刷エレクトロニクスの技術が大きく進展し、厚膜印刷技術に脚光が当たるようになりました。ただ、業界の事情は単純ではありません。従来のプリント基板産業と異なり、日本には厚膜印刷回路を専門に扱うメーカーがほとんどないのです。(米国や台湾には、何社か営業しているメーカーがあります。)これまで、エッチングで電子回路を加工していた、既存の基板メーカーが、厚膜回路の分野に進出しようとする動きは、必ずしも活発といえるものではありません。“厚膜印刷回路”というネーミングや分類も曖昧な状態が続いて、扱いにこまっています。

 と言うような訳で、日本における厚膜印刷回路に関連するビジネス環境は、必ずしも順風満帆といえるような状況ではありませんが、実際のビジネスや生産はもう始まっています。今後、厚膜印刷回路産業の発展を図るために、どこか、新しい電子回路産業をまとめて、リーダーダーシップをとるようなメーカーは出てこないものでしょうか。

DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史


241回(2020.11.15)

今週の話題 

最近の中国プリント基板産業の動向  

 中国のプリント基板産業がかなりの規模にまで成長していることは、断片的なニュースから、ある程度推定できていたのですが、まとまった情報となると、なかなか信頼性のある情報が得られていませんでした。しかし、最近中国でも、株式市場に上場するプリント基板メーカーが増え、そこで得られるデータから、ある程度の推定ができるようになりました。その一端をご紹介したいと思います。


 ここで示したグラフは、この2年間の中国の上場プリント基板メーカーの出荷額の、四半期ごとの推移です。上場しているメーカーは、22社です。このグラフで見る限りは、昨年第4四半期に大きく下落し、今年になってから徐々に回復しつつあります。直近の第3四半期の出荷額合計は、346.4億人民元で、最近の為替レート(1人民元=15.85円)で換算すると、5490億円ということになります。年初からの累計は911.0億人民元(1兆4439億円)で、前年比9.0%の増加となっています。現在、中国で操業しているプリント基板メーカーの数は、1000社とも2000社ともいわれていますので、ここに出てきている数字は、全体の何分の一かということになります。したがって、上場メーカーだけのデータから、中国全体の状況を推定するのでは、高い精度を得るのには無理がありますが、今後継続してデータを蓄積していけば、その価値も高まることでしょう。継続は力なりともいいますから、定期的に紹介していきたいと思います。

 下に示したのは、10月までの台湾プリント基板産業の出荷動向です。

 ノートブックPCやタブレットPCの需要増に支えられて、出荷が伸びていた硬質基板は、10月に至って減少に転じています。しかし、大手基板メーカーは、年度末へ向けて楽観的な見方をしており、しばらくは高いレベルを維持するものと思われます。

 この数ヶ月、伸び悩んでいたフレキシブル基板は、遅れていたアップル社のiPhone12が、ようやくリリースされ、体制が上がってきた。それでも、前年同月比では、マイナス成長が続いています。iPhone12の販売は、計画通りに進んでいるとのことで、今後、フレキシブル基板の出荷はプラス成長になってくるものと予想されます。

DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史


240回(2020.10.25)

今週の話題 

風が吹くと桶屋が儲かる

 新型コロナウイルスの感染が大きなニュースとして報道され始めたのは、旧正月休暇の頃でしたから、1月下旬のことだったと思います。それから、もう9ヶ月が経ちましたが、感染は収まるどころか、かえって拡大しているかのようにさえ見えます。最近では、短期的に収束することは難しくなり、いかにコロナウイルスと付き合いながら(with Coronavirus)生き抜くかを考えるようになってきているようです。そうすると、意外なところにビジネスの種がころがっていて、これまでマークされていなかったサービスや製品が立ち上がり、超繁忙となっている産業があります。

 典型的な例といえるのが、硬質の多層基板です。(台湾の話です。)パーソナルコンピュータ(PC)といえば、硬質多層基板の最大の需要家ですが、この数年間市場は縮小し続けてきており、斜陽産業のように捉えられていました。ところが、新型コロナウイルスの世界的感染拡大に伴い、多くの企業の従業員がテレワークを余儀なくされ、ノートブックPCの需要を押し上げる結果になっています。直近の出荷台数は、前年同月比で十数%の増加となっており、それに伴い硬質多層基板の生産も増えています。大手基板メーカーは、この強い需要は、少なくとも来年初めまでは続くと見ているようです。同じような経緯で生産が増えているのがゲーム機で、多くの人々が、家に籠もって時間を持て余し、新しいゲーム機を購入しているようです。

 テレワークの拡大に伴って、実際に顔を合わせてのミーティングはほとんどなくなり、多くの企業がスカイプやズームというような、サービスを使ってコミュニケーションを図っているようです。私自身、2月以降に計画されていたセミナーなどの行事は全てキャンセルされ、オンラインでの開催となっています。ただ、オンラインでのセミナーは、聴講者側でかかる出張費や時間の負担が大幅に少なくなるので、参加はしやすくなっているようです。私はほとんど講演者としての参加ですが、体にかかる負担は大幅に軽減されていますので、参加しやすくなっています。

 ために、このようなサービスを提供している会社の業績は急上昇しており、前年同期比で利益が十倍以上になっている例もめずらしくありません。まさに、風が吹けば桶屋が儲かる式のビジネスを享受している企業が生まれている実情があります。

 ただ、このようににわか好景気を出会っている企業は、むしろ少数派で、多くの企業は需要の低迷から抜け出せずに、経営状態が低迷しているのが実情でしょう。現在伝えられている情報の範囲では、今後数ヶ月で状況が劇的に改善する可能性はほとんどないようで、自分でやれることを確実にやっていくことが、唯一、かつ最善の方法だと考えています。

DKNリサーチ
マネージングディレクター 沼倉研史


239回(2020.10.4)

今週の話題 

デジタル化の暴走

 デジタルとアナログとは対をなす言葉で、数学的には厳密な定義があります。しかしながら、最近ではデジタルという言葉が世の中にあふれ、デジタルといえば、高速の先端技術でスマートなイメージが出来上がっているようです。それに対してアナログといえば、遅くて不正確、時代遅れなどと、悪いイメージばかりです。コンピュータに弱い人は、自虐的に「自分はアナログ人間ですから、」と弁解したりします。もともと、デジタルにもアナログにも、そのような意味はないわけですが、現代の日本の社会では、全く新しい意味が一人歩きし始めています。それも、メディアの言葉遊びの範囲であれば、特に気に留めるほどのこともなかったのですが、政府がデジタル化のための省庁を創設する用意をしているとの、報道があり、事は無視できなくなりました。新しい省庁が作られるとなると、そのための法律が必要で、その影では権益とお金が動きだします。

 最初に思い出すのは、年金記録の消失問題です。政府は年金記録をデジタル化し、コンピュータ処理を行えるようにするために、何兆円も使いました。ハードだけでも2兆円といわれています。それでも、大きなトラブルがおきました。その対応だけでも、一兆円を越える人件費が使われたことでしょう。このようなデジタルシステムを作り上げた、ハードメーカーや、ソフトメーカーがペナルティーを取られたというような話は聞きません。

 もっと近い例では、マイナンバー制度があります。国民一人ひとりに番号を付けて、一元管理をしようというものです。このシステムを作りあげるためにも、何兆円もの予算が使われました。このデジタルシステムについても、多くの利点があると説明されていました。全てをデジタル管理するので、国民は一枚のカードを持つだけで良い、などと。ところが、個人のカードは増える一方です。私の場合で見れば、クレジットカードや診察券などを積み上げると、軽く5センチを越えるでしょう。とても持ち歩ける量ではありません。どのメーカーがハードやソフトを受注したか知りませんが、さぞかし美味しい仕事だったことでしょう。特に大きな問題は出ていないようですが、何せ使われていないのですから、トラブルが起きるはずもありません。ただ、膨大な金額の税金が使われただけです。

 最近流行っているのが、キャッシュレスの支払いです。支払いが簡単である、現金に触らないので清潔である、重い釣り銭を持たなくても済む、などと利点がたくさん挙げられていますが、一方で、支払いの不正が、見抜けにくい、お金の管理がルーズになってしまうなどの問題点がよく報告されるようになってきています。不正引き出し、不正送金のニュースなど枚挙に暇がありません。すべてがデジタル化のせいだとは言いませんが、アナログだったら起きなかった事件が少なくありません。

 先週は、東証のシステムが完全にダウンして、1日全く取引ができませんでした。銀行のATMや携帯電話会社の通信回線がダウンしたというニュースは毎週のように聞きます。これだけデジタルシステムのトラブルの事例が出てくるのは、氷山の一角で、実際には、その何倍かの事件が起きているのでしょう。ソフトメーカーに聞けば、事前に何重ものチェックを行なっているというに決まっています。事故が起きると、原因をよく調べて、二度と同じような事故が起きないように対処します、などとあまりにもアナログ的な説明です。

 そうはいっても、社会のデジタル化は進むでしょうし、トラブルも増えていくことでしょう。もう、自分で自己防衛するしかないのかもしれません。私はデジタル化という言葉が嫌いになりつつあります。

DKNリサーチ
マネージングディレクター 沼倉研史


238回(2020.9.20)

今週の話題 

コンピュータソフトトラブル

 コンピュータのトラブルについては、以前にも何度か書いたことがありますが、今回はかなり怒っております。私はもう四半世紀以上もアップルのユーザーで、最近は、アップルのノートブックPCを主に使ってきています。しかしながら、日常の業務に押し流されて、この何ヶ月か、データのバックアップをとることや、OSを新しいものにアップグレードすることを、怠っておりました。ところが、ある新しいソフトウエアをダウンロードするに際して、私のコンピュータのOSのバージョンは古くて対応できないことがわかりました。そこで、気は進まなかったのですが、最新のOSを入れることにしました。そして、これが大トラブルの始まりでした。

 何時間もかけて、新しいマックOSのインストールを終えて、さあ仕事を再開しようと、ファイルにしまってあった文書を取り出して、驚きました。文書のモードが全く変わってしまっているのです。似て非なるものに変わっていたといってよいでしょう。状況はまるで理解できません。まさにパニック状態です。とても、私のPC能力で、なんとかなるレベルのものではありません。もう真夜中でしたが、マックに強い友人を叩き起こし、調べてもらって分かったのは、新しいマックOSカタリーナが、マイクロソフトのオフィスの古いバージョンに対応していないことことです。マイクロソフトのオフィスといえば、我々が仕事でもっとも良く使うワード、エクセル、パワーポイントが含まれています。これらが使えないとなると、ウインドーズを使っているユーザーは、私がマックOSで作った文書を開けないか、読めないことになってしまいます。事態は深刻です。マックのエキスパートである友人がいうには、もっとも確実な対応策は、マイクロソフト・オフィスの新しいバージョンをインストールすることでした。値段は9ドル弱です。これくらいならば、大した費用ではないと判断し、切羽詰まっていた私は、急遽新しいマイクロソフト・オフィス365の購入を決め、ソフトを入れ替えることにしました。登録するために幾つかの個人情報を入れ、クレジットカードでの支払いを済ませると、やっとインストールです。(実は、この支払いも問題でした。)インストールを終え、なんとか仕事のための作業ができるようになったのは、翌日の夕方でした。

 作業を進めるにしたがって、まだいろいろな問題があることが分かってきました。まず出てきたのは、費用の問題です。ソフトの購入費が9ドル弱と理解したのは、まちがいで、実際にはこれは一月あたりの費用で、ネット上では、毎月この費用が私の銀行口座から自動引き去りをする契約となっていたのでした。これは、以前にはなかったことです。詐欺とまでいえないかもしれませんが、切羽詰まったユーザーに、長期の契約を迫るのは、あまり紳士的な商売とはいえないと思います。

 とりあえず今回のOS更新に関わるトラブルは収束しつつありますが、細かいところでは、まだ突発的に出ることがあり、尾を引きそうです。後になって、別のマックスペシャリストに聞いたところでは、この問題は、米国でも広く報告され、対応に追われているそうです。このスペシャリストによれば、別にマイクロソフト365の契約をしなくとも、対応できる方法があるのだそうですが、手続きは、かなり煩雑で、とても素人の手におえるものではないようです。

 今回のトラブルでは、いろいろと学ぶことが多かったのですが、素人のユーザーでは、対応が難しいところが問題です。私の場合、新たに発生する費用は、年間約1万円で、なんとか我慢できる範囲ですが、これ以上になると、公正取引委員会に訴えるべき案件になるかもしれません。


DKNリサーチ
マネージングディレクター 沼倉研史
237回(2020.8.30)

今週の話題 

コロナ禍のアメリカに出かけるとは!?

 新型コロナウイルスの感染は、いまだに拡大し続けており、特に米国の感染者数と死者の数は群を抜いて多く、人々の生活と経済に深刻な影響をもたらしています。そのような中、私は米国へ出かけることになりました。これは、私の持病の治療と、滞っている米国での仕事の問題を解消するためです。なにしろ、米国に4ヶ月以上行かなかったことは、この二十数年の間なかったのですから。

 まず、関係国の外国人の渡航許可状況を調べました。驚いたことに、米国は、日本人の渡航を制限していないのです。これは朗報でした。米国への渡航のハードルが低くなります。次はフライトの予約です。ネットで調べたところ、便数は大幅に減っているものの、日本からボストンに行くルートは何件かみつかりました。直行便はありません。値段が安いのは、いずれも他国の航空会社で、カナダのエア・カナダと、ドイツのルフトハンザが手の届く範囲の値段です。ただ、乗り継ぎ時間が長く、成田からボストンまで35時間もかかります。いろいろと考えた末に、エア・カナダを選ぶことにしました。何度も使った実績があり、eTA Canadaという渡航許可も得ていたからです。何かあった場合、対応が取りやすいと考えたわけです。カナダ国内の乗り継ぎは2回で、バンクーバーとモントリオールになります。代金をクレジットカードで支払い、予約が確定しました。これが、出発の2週間以上前で、一安心です。ところが、出発の2、3日前になって、モントリオールでの乗り継ぎを、トロントに変更するとの連絡が電子メールで入りました。このような変更はよくあることなので、さほど深刻には考えませんでした。ただ、ちょっといやな予感はありました。出発前日に、オンラインチェクインを試みましたが、うまくいきません。当日、空港で直接チェックインすることにしました。

 8月上旬の出発当日、念の為、成田空港にはフライトの5時間前に着くようにでかけました。ところが、チェックインカウンターが開くのは、フライトの3時間半前で、出鼻をくじかれます。ようやくカウンターが開き、チェックインが始まります。私は、障害者扱いなので、優先チェックインカウンターで、あまり待たずに受け付けてくれます。しかし、カウンターの女性は、しばらく端末で処置していましたが、発券できません。半時間以上も待たされたあげく、カウンターの女性がいうには、新型コロナウイルスの感染への対応のため、eTA Canadaだけではカナダに入国できなくなり、発券できなくなったというのです。しかるべき許可を取得するか、他の航空会社を利用してほしいというのです。しかし、いまさら、ネットのエージェントと交渉するにはどれだけ時間がかかるかわかりません。へたをすると、成田で一泊しなければなりません。費用もかさみます。私は、チェックインカウンターの責任者と交渉することにし、私はエア・カナダのマイレージメンバーであり、身障者でもあるので、なんとか対応してほしいと要請しました。マネージャーは、何本かの電話をした結果、なんとか他の航空会社の便を確保することを約束しました。やがて、ユナイテッド・エアで、座席に空きがあるので、確保したことを伝えられました。彼女は車椅子で、私をユナイテッド・エアのカウンターまで送り届け、発券されるまで、付き添ってくれました。発券は短時間で完了し、今度はユナイテッドの車椅子で、ゲートへ向かいます。セキュリティチェックや出国手続きは、障害者用の特別なルートを使うので、行列に並ぶ必要はありません。搭乗ゲートにはほとんど人影はなく、私が搭乗すると、ただちにドアが閉められます。どうも私の到着を待っていたようです。座席に着いて驚きました。座席のほとんどが、空いているのです。乗客は、1列に一人以下で、ソーシャルディスタンスは十分とれます。すべての乗客が、3席を確保することができ、ゆっくりと寝ることができるほどです。

 さて、座席に着いて、改めて搭乗券を確認して、まだ問題含みであることがわかりました。乗り継ぎは、ニュージャージー州のニューアーク空港で、乗り継ぎ時間は90分足らずです。この空港で、米国への入国手続きが行われるので、時間的にはあまり余裕がありません。到着が1日近く早くなるので、ボストンについてから、自宅への移動手段も変えなければなりません。その連絡をする時間的な余裕もありません。搭乗券に印刷されたフライトスケジュールを見ながら、対応策を考えました。

 フライトそのものは順調でした。私を待っていたために、若干出発が遅れましたが、追い風のため、ニューアークへの到着は半時間以上も早くなりました。フライト中のサービスは、ほぼ通常通りでした。ただ、フライトアテンンダントは全て男性で、ちょっと違和感がありました。ニューアーク空港では、ドアの外側に車椅子とヘルパーが待機しており、入国手続き、荷物のピックアップ、ターミナルビル間の移動、セキュリティチェックなどは、スムーズに済ませることができました。そこで起きたのが、携帯電話の通信障害です。電波が弱いのか、なかなか繋がりません。それでも、出発間際になって、ようやくボストンでピックアップしてくれるはずの友人にも連絡をとることができました。

 ニューアークからボストン行きの乗り継ぎ便は中型機でしたが、乗客は20人足らずで、これもガラ空き状態でありました。このフライトもスムーズで、予定より、20分近く早く到着しました。これでは、航空会社の採算が赤字になるのも、当然のことでしょう。待っていた車椅子のヘルパーに聞いたところでは、あまりにも利用者が少なく、仕事にならないとのことでした。ヘルパーは、私の荷物をピックアップしてくれると、友人落ち合う約束の場所まで送ってくれ、あとは無事に家にたどり着くことができました。

 結果オーライということで片付けられるかもしれませんが、やはり非常時ですので、何が起きるか予測できないこともあります。肉体的にはともかく、精神的にはストレスが溜まる旅行でありました。家にたどり着いてから何日間は何も手につかない状態でした。皆さんが北米方面に旅行するにあたっては、十分下調べを行い、突発事故がおきることを想定して、十分な準備を行うことをお勧めします。

DKNリサーチ
マネージングディレクター 沼倉研史


236回(2020.8.2)

今週の話題 

通気性のあるフレキシブル基板

 世界中に新型コロナウイルスの感染拡大する中で、その対応は長期戦になりつつあります。とりあえずはワクチンと治療薬の開発ですが、大手製薬会社の開発状況をにらみながら、各国が権益を確保しようと鍔迫り合いが激しくなっています。一方で、新しい医療機器の開発も急ピッチで進んでいます。

 医療機器は、大きく分けて、診断装置と治療装置がありますが、いずれも直接、間接的に人体に触れる可能性があります。そこで、医療デバイスの開発や設計にあたっては、ウエラブル・エレクトロニクスの考え方を参考にすることが有効であるとかんがえられます。

 そのような中で医療用デバイスには、これまでの一般的なエレクトロニクスデバイスとは、かなり異なる性能が求められることになります。そのひとつが、通気性です。特に大型のセンサーアレイモジュールなどは、人が発する汗がこもらないように通気性だけでなく、吸湿性、肌触り性などが要求されることがあります。また、ある程度の伸縮性も必要です。ところが、これまでの標準的なフレキシブル基板のベース材料といえば、ポリイミドやPETなどのプラスチックフィルムなどで、ウエラブルデバイスが必要とする特性は望むべくもありませんでした。これまで、エレクトロニクス用の絶縁材料といえば、吸湿性や熱膨張係数はできるだけ小さいことが良いとされ、通気性ななどはまったく考慮されていませんでした。また、導体材料として使われている銅箔も問題になります。ある程度の柔軟性はあるというものの、ウエラブル用途で必要な伸縮性となると、ほとんどお手上げ状態といってよいでしょう。

 さて、メディカル機器やヘルスケア用機器がウエラブルデバイスとして、実用化が進んできますと、プラスチックフィルムに代わる絶縁材料が求められるようになったわけですが、答は身近なところにありました。それは、布です。人類は、何千年という時間をかけて、実に多様な繊維、布地を開発実用化してきました。この中から、適当なものを選んで若干の改質を加えれば、なんとかなりそうです。ただし、一つの布地で、全ての用途を満足させるようなスーパー材料ということにはならないでしょう。用途ごとに、適当な布地を選んで使うことになります。

 問題は導体の材料です。少なくとも、通常の銅箔を使うことはできないでしょう。布のような不均質な素材を、銅箔のような均質な材料と均質に張り合わせることは難しいでしょうし、仮にラミネートができたとしても、エッチングのような湿式化学プロセスで処理することは困難といって良いでしょう。現実的な回路形成方法としては、厚膜印刷プロセスということになります。厚膜印刷プロセスはほぼドライなプロセスですし、回路パタンが若干荒くなることを我慢すれば、比較的容易に回路パタンを描くことができます。

 現実には、布を基材として、銀インクで回路を描いたようなフレキシブル基板が、診療装置のセンサーモジュールとして実用化されています。大きな絆創膏に回路を描いたようなイメージでしょうか。ベッドやソファーにかかる荷重分布を測定する圧力センサーアレイも同じようなアイデアが使われています。シーツや毛布に多数の圧力センサーを配置したようなモジュールで、若干の柔軟性、伸縮性、それに通気性が必要でした。人がベッドに寝たり、ソファーに座ったりすると、家具にかかった荷重の分布を測定することができ、しかも時間の経緯による変化を見ることができます。スクリーン印刷は、ベッドのような大きな基材にも一回で印刷することができます。これらのアイデアは、すでに実用化がすすみ、実際の商品に使われるようになっています。

 今後ウエラブル・エレクトロニクスの発展に伴い、布地のような通気性のある材料へ回路を直接形成できる厚膜印刷技術は、重要性が増していくことでしょう。

 

DKNリサーチ
マネージングディレクター 沼倉研史


235回(2020.7.19)

今週の話題

新型コロナウイルス感染拡大下のプリント基板産業

 2020年上期は、新型コロナウイルスの感染拡大に振り回された半年でした。製造業はほぼあらゆる業種が、直接的、間接的に影響を受けているように見えます。ただ、感染拡大がさまざまな形で、広がっているので、複雑になっているサプライチェーンへの影響はさまざまで、今後の市場の動向は読みにくくなっています。日本のプリント基板需給状態で見ると、単純に需要が減っている一方で、特定の品種の出荷が短期的にスポット的に需要増となっています。台湾、韓国、中国、ヴェトナムなどでの動きは複雑です。

 台湾のプリント基板産業は比較的安定した需給バランスが続いているようです。1月は、前年比でマイナス成長となったものの、2月の旧正月休暇による生産の落ち込みは例年並みで、前年同月比で、プラス成長レベルを維持しています。ただ、これまでのような成長の勢いはなく、年率で5%程度の成長率です。回復率という観点では、フレキシブル基板に比べて、硬質基板の回復の方が先行しているようで、フレキシブル基板の回復が、1ヶ月程度の遅れで追従している形になっています。年初からの出荷額の累計では、硬質基板が4.4%の成長、フレキシブル基板が2.2%の成長、全体では3.8%の成長という具合です。一時はアップルのiPhoneへの依存度が非常に高かった、台湾のフレキシブル基板産業ですが、少しずつ体質を変えてきているようです。今回の新型コロナウイルス感染への対応は見事なもので、ほぼ完璧にコロナウイルスの感染の封じ込めに成功しているようです。現在の台湾の入出国の管理は極めて厳しく、外国人の入国はほとんど認められないようです。しかし、国内の移動、物資の輸送は、ほぼ平常通りおこなわれており、プリント基板メーカーの製造、出荷業務は大過なく行われているとのことです。ちょっと気になるのは、プリント基板の主要原材料である銅張積層板の出荷が、前年比でマイナス成長が続いていることです。これは、基板メーカーが当面の需要について慎重になっていることの現れで、今年の下半期の需要が順風満帆というわけにはいかないようです。

 一方、日本のプリント基板産業は、今年の上半期に順調だったとはいいかねます。日本のプリント基板出荷額は、2、3、4月と連続して大きく増加しています。その増加の大部分は、硬質プリント基板、それもビルドアップ基板によるところが大きくなっています。ところが、5月には、もう息切れして、減少へと向かっています。フレキシブル基板に至っては、長期縮小傾向に歯止めがかからず、5月には、この2年間での最低を記録しました。特に両面多層回路の落ち込みは甚だしく、7ヶ月前のピーク時に比べて、出荷額は半減という悲惨な状況です。これは、大手メーカーの主要工場がいくつか閉鎖を余儀なくされる規模だといってよいでしょう。モジュール基板は相対的に安定しているといえる状況ですが、もともと日本メーカーの、世界のモジュール基板市場に占める割合は小さく、日本メーカーがリードして、市場を回復させることは期待できないでしょう。

 新型コロナウイルスの治療薬もワクチンも完成していない現状では、半年先に感染状況がどうなるかは、全く読めません。そのような中で、台湾と日本のプリント基板業界の対応を比べてみると、半年、1年後に大きな差となって現れてくることでしょう。

DKNリサーチ 
マネージングディレクター 沼倉研史


234回(2020.6.28)

今週の話題

モノコック印刷回路(続き)

 前回モノコック印刷回路についてご紹介しましたところ、たくさんの方々から、様々なお問い合わせをいただき、驚いております。それだけ、このような三次元立体配線技術を必要とする需要が潜在的にあったということがいえるでしょう。

 前回も簡単に触れましたが、四半世紀も前の1990年代始めには、MID(Molded Interconnect Device)という配線技術が提案され、それを実現するために多くの技術開発努力がなされてきました。MID技術の基本概念は、モールド成形されたプラスチック部品や筐体の表面に、直接電子回路を形成して、コストの大きなフレキシブル基板や、その組立コストを削減しようとするものです。

残念ながら、これらの試みは成功したとは、言いかねるものでした。ほとんどの試みは、モールド成形したプラスチック部品の表面に、無電解メッキとフォトリソグラフィ、あるいはインクジェット印刷技術などを組み合わせて、回路を形成しようというもので、設計の自由度が小さく、適用できる範囲に限界がありました。また、導体の密着信頼性も問題でした。また、通常のプリント基板に比べて、試作にかかるコストや時間が大きいことも、実用上の障害になりました。

 一方、今回のモノコック印刷回路では、回路形成を平坦なベース材料の上で、スクリーン印刷で行います。このため、片面だけでなく、両面(2層)スルーホール回路、多層回路も形成することができます。通常のプリント基板の設計や製作と同じ感覚で処理できます。ベースの片側だけでなく、両側に回路を描き、その間をビアホールで繋ぐこともできます。この後、金型に入れた上で、加熱加圧して立体成形します。これには、パッケージ用のブロー成形などの技術が、ほとんど手を加えることなく使うことができます。

 もちろん、全く問題がないわけではありません。まず、厚膜印刷回路ですから、銅箔をエッチング加工した回路に比べて、導体抵抗はかなり大きくなります。熱成形では、コーナー部や、深絞り部にそれなりに機械的な歪みが生じますから、そのストレスを最小限に抑えられるような、設計上の配慮が必要です。現在、もコック回路用の銀インクが実用化されていますが、それを厚さ0.1㎜のPETシートの上に印刷するのであれば、コーナー部の曲率は2㎜以上、深絞りの段差は10㎜以内といった具合です。

 基本的に厚膜印刷回路ですから、通常のはんだ付けプロセスは適用できませんが、導電性接着剤を使ったチップ部品の表面実装プロセスが確立されています。プリント基板用のカードエッジコネクタ、フレキシブル基板用のFFCコネクタなどは、挿入部の厚さを合わせれば、大きな変更なしで使えます。(端子部にはカーボンを印刷するのが安全設計です。)新しい発想で、より適切な接続を試みるのも良いかと思います。

 モノコック印刷回路は、全体で見ると、画期的なものですが、個々のプロセスに分けてみると、さほど目新しいものはありません。そういう意味では、プリント基板や厚膜回路の経験があれば、だれでもできることになります。(もちろん、細かいところには、それなりにノウハウが必要です。)

 まずは、立体回路としての、モノコック印刷回路の基本を理解していただくために、オンラインセミナーを近日中に開催すべく、準備をしております。はっきりと日時が決まりましたら、改めてご連絡させていただきます。

DKNリサーチ、沼倉研史(マネージング・ディレクター)
dnumakura@dknresearch.com Haverhill, Massachusetts, U.S.A.


233回(2020.6.7)

今週の話題

モノコック印刷回路

 モノコック構造とは、自動車の設計用語で、従来の自動車の多くが、機械的な荷重を担うフレームと、外装であるボディーが別々に作られていたのに対して、両者を一体化させて設計製作されるものです。モノコック構造は、フレームを別に用意する場合に比べて、設計が難しいなどの問題はありますが、それを上回る多くのメリットがあるために、現在では一般商用車の構造設計の主流になっています。最近では、航空機や住宅の構造設計においても、同様の考え方が取り入れられています。ちなみに、モノコック(Monocoque)とはフランス語で、単一の船体、あるいは殻という意味になります。

 一方、多くの電子機器では、筐体と電気配線が別々に作られ、最終的に組立工程で一体化することになります。最近のモバイル機器では、配線のために許されるスペースがどんどん小さくなり、設計者は薄いフレキシブル基板を使わざるを得なくなっています。それでも、配線のためのスペースがゼロになるわけではありません。それが、機器のコストアップの大きな要因となっていることは、否定できない事実です。私は、これまで40年近くも、フレキシブル基板の設計、開発に関わってきましたが、最近になって、電子機器の配線にモノコック構造のアイデアを取り入れることにより、フレキシブル基板とそのためのスペースを大幅に削減できることに気がつきました。

 基本的な考え方はそれほど難しいものではありません。まず筐体となるプラスチックシート(熱可塑性樹脂が望ましい。)の上に、厚膜印刷法により、電子回路を描きます。片面回路だけでなく、両面ビアホール回路も可能です。次いで、回路全体を温めて柔くし、金型に入れて加圧し、熱成形します。これだけで、電子回路を内蔵した、3次元立体筐体が完成します。フレキシブル基板はもう必要ありません。電気配線は、完全に筐体の中に含まれることになり、そのためのスペース増加はわずか(0〜20ミクロン)なもので済みます。設計にもよりますが、組立も簡単になります。

 実は、このアイデアは、全く新しいものではありません。もう30年近くも昔のことになりますが、当時注目されていた三次元モールド回路を実現するための、一つのプロセス技術とし考案されました。残念ながら、当時の厚膜印刷技術は限られた能力しかなく、必要とするインク材料もなかったので、実用的な量産部品にまでにたどり着くことはありませんでした。しかしながら、この30年間でのスクリーン印刷技術の進展はめざましく、そこで使える導体インク、絶縁インクの性能も飛躍的に向上しました。それに、精密な熱成形技術の実現もあり、実用的な三次元立体印刷回路ができるようになりました。私たちは、このような複合技術で作られる印刷回路を、自動車の複合構造にちなんで、モノコック印刷回路と呼んでいます。添付した写真は、熱成形されたタッチスイッチ回路モジュールを、実用例として示しています。





 モノコック回路は、硬質基板とも、フレキシブル基板ともいえず、新しいカテゴリーが必要になるかもしれません。応用可能な用途はたくさん考えられますが、まだ、実施例が少なく、デザインガイドなどが整備されるまでには、しばらく時間がかかるかもしれません。応用できる範囲も、まだ明確ではありませんが、今後実施例が増えるにしたがって、新しい使い方が出てくるのではないかと思います。それには、回路加工メーカー、機器メーカー、材料メーカーの緊密な協力が必要です。皆様のご参加をお待ちしております。

DKNリサーチ、沼倉研史(マネージング・ディレクター)
dnumakura@dknresearch.com Haverhill, Massachusetts, U.S.A.


232回(2020.5.17)

今週の話題

ウエラブルデバイスで新型コロナウイルス の早期検出を

 世界的にみれば、新型コロナウイルスの感染は依然として拡大が続いており、なかなか収まりそうにありません。世界各国で、感染を抑え込む技術の開発を行っていますが、未だに確実な方法は見出されておりません。コロナウイルスの発症を抑えるワクチンの実用化は早くても来年になってしまいそうですし、特効薬として使えそうな薬品も試行錯誤しているような状況で、治療に確実な効果があるという薬品はまだ見つかっていません。現状では、患者の自然治癒力にたよるだけで、人工呼吸器などは、その補助をしているにすぎません。なんとも心持たない状況といってよいでしょう。

 診断の方は、ようやくPCR法による検査体制が整いつつありますが、検査に時間がかかることと、診断の信頼性が高くないことが難点となっています。一旦陰性の診断が出されても、その後の感染については、何も保証していないのです。現在、世界中で確実な検査方法を確立すべく、多くの研究機関、医療機関が、簡単で信頼性の高い技術を開発する努力を続けていますが、完成にはまだ時間がかかりそうです。コロナウイルス に直接反応するようなセンサーができれば、話は簡単なのですが、現実はそう都合よくは進んでくれないようです。まずは、コロナウイルスの活動メカニズムをよく理解することが必要です。

 ところで、全く異なる診断方法を考えてみました。これは、既存の診断技術にI技術を組み合わせるものです。すでにスポーツ医学などでは、アスリートの心臓の動きなどを検出して、無線でそのデータを連続的に集約して身体能力の解析に使われています。また、最近では、家庭でのヘルスケア用に、電子体温計、酸素濃度計、血圧計などが市販されています。これらの機器は医者の処方箋がなくても、一般市民がドラッグストアで購入することができます。これらのデバイスをそのまま使うことはできませんが、センサーデバイスとして、体の適当な部位に貼り付け、ブルートゥースチップを組み合わせ、計測したデータを、スマートウォッチのようなウエラブルデバイスに集約させることはそれほど難しいものではないでしょう。集められたデータはAI技術を駆使して解析すれば、肺炎などの重篤な病気の初期症状を検出することができるでしょう。この診断装置は、直接病原菌などを検出するものではありません。あくまで、症状から疾患を初期に検出するものです。検出しても、それでその疾患が確定するわけではなく、最終的にはPCRテストなどで判断することになります。それでも、このような診断装置には大きな意義があります。計測は継続的に行われていますので、安心感があります。一度陰性の結果がでても、引き続きデバイスを装着することにより、様子を観察することができます。さらに、AI技術には学習効果があり、実績が蓄積されることにより、診断精度が向上することが期待できます。また。このようなシステムはクラスターが発生しそうな、職場の従業員のモニタリングにも活用することができます。

 今のところ、このような診断システムは、机上検討のレベルで、具体的に実用化に向けて開発が進められているわけではありません。ただ、ここで使用を想定している要素技術は、確立されたものばかりですので、実現性は高いと思います。実は私が知らないだけで、どこかで実用化のプロジェクトが進められているかもしれません。つい2、3日前の米国の医学関係のニュースレターに、同じようなアイデアが紹介されていました。

DKNリサーチ、沼倉研史(マネージング・ディレクター)
dnumakura@dknresearch.com Haverhill, Massachusetts, U.S.A.


231回(2020.4.26)

今週の話題

台湾の新型コロナウイルス感染対策

 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっています。もっとも感染の深刻な米国での感染者は100万人に近づいており、死者の数は5万人に迫っています。日本ではほとんど報道されていませんので、あまり知られていないかと思いますが、拙宅があるマサチューセッツ州では、この2、3週間で急激に感染が広がり、感染者数では、ニューヨーク州、ニュージャージー州に次いで3位となっています。州内の感染者は、5万人を越え、死者は2700人に達しています。このため、州政府は非常事態宣言を出し、ほとんどの会社は企業活動を停止しています。生活のために必要な食料品店やドラッグストアは営業を続けていますが、客の入場を大きく制限しているようです。今のところ、感染が収束する目処はほとんど見えておらず、市民のフラストレーションはたまる一方です。

 一方で、感染の広がりをほぼ封じ込めたと思われる国があります。日本の隣国台湾です。台湾での感染者数は約400人で、死者は6人だけです。(情報ソースにより若干の違いがあります。)もう、1ヶ月以上新規の感染者はでていないとのことです。市民の生活環境は、ほぼ平常通りで、多くの会社は通常の業務を続けているとのことです。ただ、海外への渡航はかなり厳しく規制されていて、海外からの入国はほぼできない状況のようです。

 そのような環境の中で、3月の台湾プリント基板産業は大きく反発しています。

 昨年の台湾プリント基板業界は不振が続いていました。通期では、かろうじてプラス成長を果たしたものの、第4四半期の10月をピークとして、毎月大幅下落を続けてきました。2月には、旧正月休暇の季節要因もあって、出荷額は底に達しました。ただ、新型コロナウイルス感染の影響は、それほど出ていないようにみえます。そして3月になると大きく反発することになりました。

 通常でも、3月は旧正月休暇の後になるので、プリント基板の生産は大きく上昇します。しかしながら、今年の反発は、季節要因からくるレベルを大幅に上回っています。3月の出荷額を、前年同月比で比べてみると、やく12.5%の増加です。これは、硬質基板でも、フレキシブル基板でも大きな差はありません。ただし、前月比では、硬質基板が27.2%の増加であるのに対して、フレキシブル基板は162.7%の増加という、けたたましい数値になっています。これは、フレキシブル基板メーカー最大手のZD Technology社が、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、中国での生産を一斉に休止したものの、3月には生産を復活させたことが大きく影響しているものと考えられます。同社の2月の出荷額は、ピーク時に比べて5分の1近くまで下落し、台湾の基板メーカーとして、4位まで順位を落としましたが、3月にはトップに返り咲いています。

 台湾のプリント基板業界の動きでもうひとつ気になることがあります。3月になって、銅張積層板などの原材料の調達量が増えていることです。また、設備投資の額も増えています。台湾の部材メーカーは、エンドユーザーとのコミュニケーションが非常によく、常に確度の高い需要予測を持っているといわれます。さて、今年の場合はどのような方向に動いていくのか、しばらくはマーケットの動きから目が離せません。

DKNリサーチ、沼倉研史(マネージング・ディレクター)
dnumakura@dknresearch.com Haverhill, Massachusetts, U.S.A.


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